2014 中落合のスリットハウス

都市景観を構成する<大きな窓のある小さな家>

建主からの当初の要件として、建物の外観に対する、ある期待があった。それは、私がかつて設計した住宅(八丁堀のスリットハウス→p.078)と同様の、街を望む大きな<窓>をもった小さな家のイメージである。諸事情によりその住宅はすでに消滅してしまったが、東京の下町から神田川を遡った山の手エリアの一角に、その外観のDNAは引き継がれた。

敷地は、谷間と台地が細かな襞のように入り組んだ、いわば典型的な「東京の微地形」によってできた崖地に位置している。この地理的環境に加えて、河川を暗渠にした路地沿いに密集する低層の木造住宅群と、台地上を貫く新たな大街路沿いに展開する高層住宅群によって、地形的には約8mの高低差が、それ以上に増幅したスケールをもつダイナミックな都市の<トポグラフィ>を構成している。

建物のヴォリューム形状は、敷地の形状とそれを取り巻く状況によってほぼ決定されている。すなわち、大街路(=山手通り)からの喧騒をできるだけ遠ざけるために、建物を敷地の奥にもっていくことで必然的に台形状のプランとなり、さらに敷地内の既存擁壁への荷重負担を避けるためにキャンティ状の断面となっている。この断面形状がそのまま大街路側から見え隠れするファサードをつくった。

一方、周辺の複雑で流動的な景観とは対照的に、住宅の2階部分はフラットで開放的なワンルームを確保した。特に、2階の床レベルを敷地の東側に隣接する建物の屋根レベルに合わせて、室内の東面いっぱいに大きな開口部を設けた。反対に1階の室内はやや天井の高い垂直性の強い空間となっている。こうしてできた街を望む大きな<窓>は、周囲の建物に溶け込みつつも正対することなく存在し、この小さな住宅の外観が都市の風景を構成する特異なアイコンとなっている。

すなわち、低層木密住宅群やその隙間を縫う路地と、道路拡幅に伴って突如建ち上がった高層住宅群や換気塔といった、極端に異なるスケールの景観が隣接する環境の中で、この住宅の外観は、それぞれの景観を構成する一部でありつつ自立性を保つことで、人々の記憶の片隅に存在し続けることになるだろう。

敷地断面図
2階平面図
配置兼1階平面図
配置図
断面詳細図